くちびるにアラビアンナイト

お目覚めですか、手袋さん、
どうしてあなたがここにいるのか教えて差し上げましょう。
あなたは攫われたのです。
それはもう、あなたにとっては神にも等しい存在によって。
こらこら、無駄な抵抗はおよしなさい。
所詮中身を失ったあなたにできることと言えば、
わたしを慰める程度のものなのです。
無駄な抵抗はおよしなさい。
もう諦めてください。
わたしは十五の頃から、正しい教育を受けてきました。
ですから心配することはなにもありません。
わたしがあなたのあるじになって差し上げます。
ほら、この上等の絹はあなたのために用意させました。
お願いです、諦めてください。

くちびるにアラビアンナイト
溶けていくアラビアンナイト

そうです、私です。
いつもあなたの手袋を隠していたのは私です。

魔法のじゅうたんに乗って、あなたとどこまでも行きたかったのです。
亀の背中に乗って、もう二度と戻りたくなかったのです。
月から迎えが来ても、あながのそばを離れるつもりはなかったのです。
だから言って下さい。
一言命令をくださればそれでいいのです。
ですがその前に、ひとつだけお話をよろしいでしょうか?
わたしは十五の頃から正しい教育を受けてきました。
ですがその前は、口もきけませんでした。
言葉はおろか、自分の行動を決定することもできませんでした。
思考はおろか、自分のからだひとつ動かすこともありませんでした。
なぜならわたしにはあるじがいたからです。
もちろんあなたは知らないでしょう。

あなたの手袋が、許せなかった。

くちびるにアラビアンナイト


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