2017-11-23

岡林信康がはっぴいえんどをバックにロックへと転向した『見るまえに跳べ』

1968年に岡林信康が「山谷ブルース」でデビューした時、彼の音楽はそれまでのフォークソングとはあまりにも乖離しており、当初は戸惑うフォークファンが少なくなかった。しかし、徐々に彼に“本物”のプロテスト性を感じ、多くの音楽ファンがのめり込んでいった。そのメッセージ性はフォークというよりは過激なロックのようであり、実際デビューしてから彼はすぐにロックへと転向する。今回紹介するのは、彼の2ndアルバムとなる『見るまえに跳べ』で、本作はデビュー直前のはっぴいえんどをバックに従え、岡林のヒリヒリするような苦悶が記録された、優れたドキュメント作品である。

■60年代後半の若者

岡林信康がデビューした60年代後半、この時代の若者たちは何をしていたのだろうか。僕は小学校の高学年でまだ何も分からなかったけれど、今から振り返ってみれば、激動の時代であったことはちょっとだけ知っている。ビートルズ、学生運動、ベトナム戦争、映画、前衛芸術、アングラ芝居、グループサウンズ、歌謡曲、深夜放送(ラジオ)、フォークソング、アイビー、アポロ計画(月面着陸は69年7月)、沖縄返還の準備、3億円事件、各種の公害などなど、いろんなことが起こっていた本当にすごい時代であった。

僕はまだ小学生なので、今挙げたようなことを横目で見ながら、洋楽やグループサウンズ、そしてエレキバンド(ベンチャーズとか寺内タケシとかね)のシングルを買い、駄菓子屋に行き、近所の広場で草野球をやったりしていた。巷ではフォークソングはかなり流行っていた。高石友也、フォーククルセダーズ、森山良子、ジャックス、中川五郎らのレコードは近所の4歳上の従兄弟が買っていたので、一緒によく聴いた。悪いこと(夜更かし)とは知りながら、時々、深夜放送も聴いて笑い転げていた、そんな時代。

フォークソングについては、“カレッジフォーク”とか呼ばれていて、テレビなどに出演していた森山良子とか五つの赤い風船の音楽は、きれいな音楽だと思っていた。ただ、高田渡、加川良らのような泥臭い関西フォークはあまりテレビには出なかったし、深夜放送でオンエアされていたものの、カレッジフォークとはかなり音作りが違っていて、中学に入るまではあまり好きになれなかった。唯一、フォーククルセダーズの「帰ってきたヨッパライ」は大好きで、毎日聴いては笑い転げていた。そのしばらく後、小学校でフォークルの「イムジン河」が発売中止になったという事件について、友達と話をした記憶があるのだが、小学生の間でさえ、フォークルの話が出るぐらいなのだから、当時はそれぐらいフォーク周辺の人気が高かったのだ。

■岡林信康のフォークらしからぬ歌

僕が最初に聴いた岡林の歌は「山谷ブルース」だ。演歌だと思った。それは、子供が聴いても重苦しいもので、インパクトがすごかった。彼の素朴なようで鋭く、ユーモラスなようで悲しい歌にはカリスマ性があった。小学生の僕でさえそう感じたということは、彼に強烈な個性があったわけだし、そもそも彼の音楽が、他のフォーク歌手のそれとはあまりにも異質だったから印象に残ったのである。

中川五郎や森山良子といったフォークシンガーは、アメリカのフォークリバイバルに大きな影響を受けていた。アメリカのアーティストがブルースやオールドタイムのような古い音源をコピーしていたように、日本のアーティストもまた同じようにアメリカのルーツ音楽を探していた。その頃、ブルーグラスやジャグバンドミュージックなどに大きな注目が集まっていたのも、そういう理由からだろう。高田渡やシバ、若林純夫らが中心となって活動していた武蔵野たんぽぽ団は、まさにアメリカンルーツ音楽を日本語でカバーするグループだった。

しかし、高石友也や高田渡、初期の岡林のような関西フォークの面々は、ディランに影響されてはいるが、自分のルーツを日本の古い音楽や演歌の中に求めていたところが、同時代に関東周辺で活動していたフォークシンガーとは違っていた。関西フォークの連中は極端に言うと、お金のために音楽をやるのではなく、民衆のための音楽をやるということであり、青臭いと言えば青臭いのだが(みんな若かったからね)、今となってみればそれが重要な視点であったことが僕には理解できる。中でも岡林はその意識が強かったように思う。明治に活躍した演歌師、添田唖蝉坊(1)の精神を参考にしていたのだろう。現在はソウル・フラワー・モノノケ・サミット(2)が唖蝉坊の曲を何曲かやっているので知っている人がいるかもしれない。

岡林の初期の作品である「がいこつの歌」「くそくらえ節」「モズが枯れ木で」「山谷ブルース」などは彼の中でのフォークリバイバルであり、岡林の演歌歌手としての資質が垣間見える名曲群だ。こういった日本的なものと、ディラン、トム・パクストン、エリック・アンダースン的なバタ臭い音楽が混在するところが岡林の個性と言っていいのではないか。そして、その個性を殺すことなくまとめたのがデビューアルバムの『わたしを断罪せよ』(‘69)で、日本とアメリカのフォークリバイバル精神が詰まったフォークの名作となったのである。

■ボブ・ディランとザ・バンド

同じ頃アメリカでは68年にディランのバックバンドを務めていたザ・バンドが、とてつもない名作『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』でデビュー、69年にはこれまた大名盤の2ndアルバム『ザ・バンド』をリリースしていた。これはアメリカでもイギリスでも、もちろん日本でも衝撃を持って受け止められた。エリック・クラプトンはザ・バンド的なサウンドを求めてアメリカへ渡ったし、ローリング・ストーンズやジョージ・ハリスンもまたスワンプロック路線へと舵を切ったのは、ザ・バンド効果とも言えるものであった。

日本では、いち早く岡林が動いた。ディランとザ・バンドの関係に憧れてというか、自分の音楽を表現するために専属のバックバンドが必要だと感じたのだろう。たまたま、ザ・バンド的な音楽を目指していた結成したばかりのはっぴいえんどと知り合い、一緒にやることになったのである。

69年、岡林はそれまでの自分と決別するために(かどうかははっきり分からないが…)、3カ月間の失踪事件を起こしており、その間にディランのレコードを聴き込んだと言われているが、それは本当だろう。ディランがフォークからロックへと転向したように、岡林もまたロックへの転向を考えていたのである。ボブ・ディランが生ギターとハーモニカを中心にしたフォークシンガーから、エレキギターやオルガンを使ったロックシンガーへと転向する際、それまでのファンからブーイングを浴びせられ罵倒された(今で言うとSNSで大炎上するようなものかも)。それでもディランは自分の信念を変えずに、ロックシンガーへと転身した。その辺の事情を全て知った上で、岡林はロックへの転向を決めるのだ。

■本作『見るまえに跳べ』について

そして、70年にリリースされたのが、2枚目のアルバムとなる『見るまえに跳べ』である。本作はデビューアルバムで見られた演歌とフォークの混在ではなく、土臭いカントリーロックを中心としたシンガーソングライター的な内容となっている。収録曲は全部で11曲、内7曲でヴァレンタイン・ブルーから改名したばかりのはっぴいえんどがバックを務めている。オリジナルの他、早川義夫(ジャックス)の曲を4曲取り上げているのだが、早川は本作のディレクターを務めていたし、岡林の転向をサポートしていた関係でもあったので、よりロック的な自作曲を岡林に提供したのかもしれない。

本作の核となるのは「愛する人へ」「今日をこえて」「私たちの望むものは」「自由への長い旅」の4曲だ。前の2曲はザ・バンド的なサウンドで、歌を活かすはっぴいえんどの絶妙な演奏と岡林の真摯な歌が光る名演である。「私たちの望むものは」と「自由への長い旅」は岡林の代表曲というだけでなく、60年代後半〜70年代初頭の日本全体の苦悩を表現した普遍的な名曲だろう。「ラブ・ゼネレーション」は早川義夫の代表曲のひとつで、岡林のバージョンも負けず劣らず素晴らしい仕上がりになっている。

本作を聴くと、ディランがロックへ転向した意味が分かるような気がするから不思議なものである。ディランにしても岡林にしても、“フォーク”という狭い枠に縛られないぐらいの才能があったがゆえに、人間的に成長するたびに脱皮のような作業を繰り返したのではないだろうか。内的な葛藤を素直に音楽に変換することは、困難さを伴う実に真摯な作業である。僕はその精神こそが“大衆のために”ある岡林の音楽だと信じているし、これからも岡林信康という人間が見える音楽をやり続けてほしいと思う。もし君がこれまで岡林の音楽を知らないなら、ぜひ本作を聴いてみてください。きっと新しい発見があると思うよ。

TEXT:河崎直人

(1)添田唖蝉坊
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B7%BB%E7%94%B0%E5%94%96%E8%9D%89%E5%9D%8A
(2)ソウル・フラワー・ユニオン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%B3

アルバム『見るまえに跳べ』

1970年発表作品



<収録曲>
1. 愛する人へ
2. おまわりさんに捧げる唄
3. 性と文化の革命
4. 自由への長い旅
5. 私たちの望むものは
6. NHKに捧げる歌
7. 堕天使ロック
8. ロールオーバー庫之助
9. ラブ・ゼネレーション
10. 無用ノ介
11. 今日をこえて



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BUGY CRAXONE20周年ワンマンに見た、ロックバンドの生き様

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