2017-06-24

パディ・マクアルーンを擁したプレファブ・スプラウトの名作『スティーブ・マックイーン』

70年代中期のパンク革命から80年代のデジタル革命まで、当時の音楽シーンは早送りのように目まぐるしく、流行りの音楽が移り変わっていった。特にデジタル機材を多用したシンセポップやディスコ音楽の台頭は凄まじかったが、機材の進化はどんどん進み、10年も経つと音が古くなってしまっていた。そんな中で、時代の音にとらわれずに良い音楽を追究していたアーティストも少なくなかった。今回紹介するプレファブ・スプラウトもそんなグループのひとつ。本作『スティーブ・マックイーン』に収録されたナンバーはどれも秀逸で、何年経とうが古びない、上質のメロディーがいっぱい詰まった80年代を代表する名盤だ。

■トーマス・ドルビーのシンセポップ

シンセポップ全盛の1983年、打ち込みとシンセを多用したトーマス・ドルビーの「彼女はサイエンス(原題:She Blinded Me With Science)」が大ヒット、収録アルバム『光と物体(原題:The Golden Age Of Wireless)』(‘82)ともども素晴らしい仕上がりであった。しかし、1年も経つと新しいデジタル機器を使ったサウンドが登場し、古いものはあっと言う間に忘れ去られていく。才能にあふれていたにもかかわらず、ドルビーが輝いていたのも少しの期間だけである。80年代とはそんな時代であった。

当時、僕も最初こそ面白がってシンセポップを聴いていたのだが、派手なサウンドと複雑な打ち込みのリズムに、だんだんついていけなくなっていた。ダンスしやすい打ち込みやシンセの奇抜な音などで勝負するグループやシンガーに、次第に飽き飽きするようになっていたのだ。ポップスの醍醐味はメロディーにあるのではないのか…ひとりで勝手に憤慨し、人力演奏を続けていたジャズ、ブルース、カントリーへと興味は移り、知らず知らずのうちにデジタル機器ばかりのロックを聴かなくなっていた。

■突然やってきたネオアコのブーム

まだまだ世間はテクノとディスコの時代であったけれど「良いメロディーを味わいながら人力演奏で聴きたい」という僕のような人は少なくなかったようで、83年頃からスタイル・カウンシル、アズテック・カメラ、ベン・ワット、ペイル・ファウンテンズ、ザ・スミスなど、アコースティック楽器を中心にして、60年代や70年代のフォークロックやソウルを模範にしたグループやシンガーが増えてきていた。生音を中心にしたサウンドが徐々に認知されるようになり、僕もまたロックのアルバムを聴くようになった。

ただ、ネオアコのアーティストたち、雰囲気は良いんだけれど、良いメロディーを書けるソングライターが少なかった。レノン&マッカートニー、ポール・サイモン、デビッド・ゲイツ、キャロル・キング、ジャクソン・ブラウン、スティーリー・ダンらのような、60年代〜70年代のすぐれたメロディーメイカーたちに太刀打ちできるのは、イギリスではアズテック・カメラのロディ・フレーム、ザ・スミスのジョニー・マー&モリッシー、そしてポール・ウェラーぐらいではなかったか。

■プレファブ・スプラウトというグループ

そんな時、エルヴィス・コステロがプレファブ・スプラウトのリーダーであるパディ・マクアルーンのソングライティングが気に入り、オープニングアクトとして抜擢したという記事が音楽雑誌に出ていて、良いメロディーを探し求めていた僕は大いに興味を惹かれた。レコード店に行ってみると(ていうか、いつも行ってるのだが…)、デビューアルバムの『スウーン』(‘84)はなく、新譜の『スティーブ・マックイーン』(’85)があった。ジャケット(当時はLPで購入)を見ると、バイクの周りに4人のメンバーがいるだけのプロフィール写真で、デジタル時代にしては古臭い感じであった。

プレファブ・スプラウトはイギリスの炭鉱都市として知られるニューキャッスル近郊のダラム出身。パディ・マクアルーン、マーティン・マクアルーン(パディの実弟)、紅一点のウェンディ・スミス、ニール・コンティからなる4人組だ。ソングライティングはパディ・マクアルーンがひとりでこなしている。彼の書く曲は凝ったものが多く、流行りには目を向けずに、タイムレスな良い曲を書くことを自らに課しているそうだ。

■本作『スティーブ・マックイーン』について

さて、話は前後するが、レコードを買って家に到着。プロデュースはトーマス・ドルビーとなっている…。こ、これはシンセポップか!と一瞬慌てたが、買ってしまったのだから聴くしかない…。覚悟を決めて、レコードに針をおろすと、1曲目は今で言うオルタナカントリー(当時はまだオルタナカントリーという言葉はなかった)だ。バンジョーやペダルスティールっぽい音が入っているが、これはドルビーのサンプリングによるものだろう。途中、ドルビーらしいシンセの効果音が出てくるが、思った以上に人力演奏っぽいサウンドでひと安心。曲名は「ファロン・ヤング」で、アメリカの有名カントリーシンガーの名前をそのままタイトルにしている。

実はオルタナカントリー風はこれ1曲のみ。収録曲は11曲で、2曲目以降の10曲は都会的な音作りではあるが派手さはなく、自然体で軽くやってみました感がある。ただ、どの曲もスティーリー・ダンみたいなひねりのある凝った作りである。しかし、難解さはまったくない。全曲、考え抜かれたメロディーで勝負していて、王道のポップスに負けず劣らずの名曲揃いで驚いた。

また、ドルビーのプロデュースは絶妙で、このグループの持ち味の“甘酸っぱさのあるシンプルさ”を見事に演出している。シンセは多用しているものの、隠し味的に使われているので、品の良いハンドメイド的なサウンドになっている。ノーザンソウルやジャズ的なコードが控えめに使われているところや、巧いヴォーカルだけど、テクニックは出しすぎず抑えているあたりに、パディのセンスの良さがにじみ出ている。

本作を知っている人なら分かると思うが、何回聴いても飽きない作品だ。というか、聴けば聴くほどスルメのような旨味が味わえる。彼らのアルバムはこれ以降も素晴らしく、完成度の高さでは、5作目の『ヨルダン:ザ・カムバック』(‘90)が一番だと思うが、青っぽい部分を残しつつ完成されつつある『スティーブ・マックイーン』こそが、彼らの最高傑作だと僕は思う。

彼らの音楽を聴いたことがないなら、ぜひこの機会に聴いてください。極上のメロディーが味わえるはず!

著者:河崎直人



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元記事
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