2011-12-20

陰陽座、その山には、子を連れた鬼が出るという

 名作を次々と生み出してきた陰陽座が新たに挑んだのは、オリジナル・ストーリーに基づくコンセプトアルバム『鬼子母神』。唯一無二のロックサウンドの中で、人間の本質を鋭く突くメッセージが劇的かつ深遠に描かれる。

──前作『金剛九尾』から2年3カ月。まずはこの圧巻の完成度を誇る『鬼子母神』が完成しての気持ちから聞かせてください。

狩姦 とにかく“やった!”って感じですよ(笑)。こんなすごいものができちゃって…何しろ今は単純にうれしいですね。

招鬼 初めて1音下げチューニングにしてみたり、個人的なことで言えば、新しいギターを導入してみたり、これまで培ってきたことに加えて新たな試みも入れつつ挑んだ作品なんですよね。初のコンセプトアルバムということと併せて、その意味でも新鮮な気持ちですし、今まで以上の満足感もあって。

黒猫 最初にデモをもらってから、ずっとその音の世界に没頭していたわけですけど、その余韻から今も抜け切れないし、まだその中にずっと溺れていたいという思いもあるんですよ。それだけ引き込まれる世界観のある、すごい作品ができたんだなぁって。

瞬火 結成直後、まだ1枚目すら出してもいない時点ですでに9枚目で九尾の狐をテーマにするとか、10枚目はものすごい壮大なコンセプトアルバムを作るとかいう話をメンバーにしていました。それが今回、本当に現実に完成してみて、その構成から楽曲からストーリーから、何から何まで想定した通りの方向性で、想定した以上のクオリティーに仕上がった、という実感に満ちています。現時点では、このアルバムを作るためだけに陰陽座が生まれたと言ってもまったく過言ではないですね。

──このコンセプトの基になる戯曲『絶界の鬼子母神』を、アルバムに先駆けて書き下ろしたことにも驚かされますよ。

瞬火 普通のロックアルバムに脚本は付かないですからね(笑)。これは結成直後に着想していた物語のイメージを頭の中だけで温め続けて、今年の春に一気に書き下ろしたものです。メモを書き溜めていくのが普通だとは思いますが、今回は忘れてしまうようなことは必要のない要素、という基準で、とにかく頭の中にこびりついた台詞や展開だけを紡ぎ合わせて書きました。結果的に自分が絶対にこういう話にしたい、こういう台詞を言わせたい、と思ったことだけが詰め込まれていますね。物語の根幹を成すのはいわゆる鬼子母神伝説…鬼子母神が1000人の我が子のために人間の子供をさらってきては喰わせていたところ、見るに見かねたお釈迦様に末の子を隠され、泣いて“返してくれ”と頼む鬼子母神を“1000人のうちのひとりでも盗られたらこんなに悲しいのだから、お前が盗ってきた子供の親がどういう気持ちなのか分かりなさい”とお釈迦様が諭すというお話ですが、その仕組みというか、成り立ちが非常に気に入っていたんですね。何というか、人間のエゴと、それを気付くためのきっかけや、悔い改めるためのプロセスがとてもシンプルかつ合理的に描かれているお話というか。完成度が高い、というと少し変ですが、とにかくいつかそれを基にして、それをもっと人間臭い方向に振ったような話を作りたいと思っていたんです。それに加えて“鬼”というものの成り立ち、その存在意義などを簡潔にまとめて歌った初期の楽曲「鬼」の歌詞をさらに掘り下げたような要素を加味して、“鬼”と“鬼子母神”という直接的には関係性はないながらも、人間の業とか性を浮かび上がらせるのに最適な題材を基に、完全にオリジナルな“鬼子母神”の物語を作り、それを音楽に昇華させたいという明確な意図があったので、そのための土台として原作脚本が不可欠でした。

──しかも、純粋に文学作品としても面白い。アルバム単体も十分に楽しめますが、この脚本を併読することを勧めたいですね。

瞬火 本当はこの脚本をCDに同梱できれば良かったのかもしれませんが、同梱したら当然CDの値段が本1冊分上がってしまいます。最初から脚本も読みたい人にはそれで良くても、脚本は絶対いらない、純粋に音楽として聴きたいという人に余計なものを売り付けることになりますから、それは絶対避けようと思いました。基本的には脚本というギミックもなしで聴いたとしても完全に音楽として楽しめる作品として成立していながら、脚本を一緒に読むことによって感動や情感が計り知れない倍率で増幅するという仕組みの作品にしたかったというのが別々にした最大の理由です。

──確かに実際に聴いてみても、その話には頷かされますね。

狩姦 デモの段階でも、いろんな場面を想像しながら聴こうとしてたんですけど、予想を超えた、あまりにカッコ良すぎる曲がどんどん来るんで、最初は物語のことを忘れてしまうぐらいだったんですよ。その時点でいい作品になるって確信してましたね。

招鬼 一曲一曲が、普通に“陰陽座の新曲です”と言って楽しめる、カッコ良い曲なんですよね。でも、順番に聴いていくことで、このコンセプトアルバムだからこそのこの曲なんだという意味も、当然、すごく味わえる。しかも、細かい心理描写など、むしろ脚本には書かれていない要素が歌詞のほうに入ってたりするんですよ。だから、ストーリーがより広がるというか、濃く頭の中に描けるようになって。これは本当にものすごいものが出来上がったなって思いましたね。

──とにかく陰陽座らしい、歌詞における高度なレトリックを始め、細部に至るまでこだわりが見えますよね。歌にしても絶妙な感情表現が、その役柄となる女性の気持ちの裏まで伝えてくる。

黒猫 うれしいですね。今回、私は主にさまざまな思いを抱えた女性の役柄を歌で表現するというかたちですが、みんな感情を露にしているようで、本心を露にできていないとか、何か含みがあるとか、そういうことが多いんですよね。いろんな背景まで見えてくる。瞬火さんの歌もいつにも増して素晴らしかった。本当にすごい。

──ええ。声色や強弱の付け方などを見事に使い分けて、その場面を鮮やかに浮かび上がらせるんですよね。さて、『鬼子母神』に伴うライヴもなおさら楽しみになりますよ。

瞬火 何か劇的な仕掛けもあったりなかったり(笑)。ともあれ、当然『鬼子母神』を完全再現します。曲順もこのままライヴのセットリストとして美しいと思いますし、そのつもりで全ての場面を想定してアルバムも作ってますからね。

取材:土屋京輔

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