2017-07-27

デビュー作『Hide and Seek』からV系を超えていたPlastic Tree

7月29日に『Plastic Tree二十周年“樹念”特別公演』がパシフィコ横浜で開催される。本公演は『第一幕 【Plastic】things/1997–2006』と『第二幕 【Tree】songs/2007–2016』という昼と夜の2公演で、1997年~2006年、2007年~2016年それぞれの期間に発売されたアルバムの中から、ファンのリクエストによって1作品を決定し、昼夜公演それぞれでその作品を完全再現するという、こだわりのアニバーサリーライヴだ。どのアルバムがチョイスされるかは当日のお楽しみのようだが、当コラムでは本公演に先駆けてPlastic Treeのメジャーデビュー作『Hide and Seek』を取り上げる。

■決して順風満帆ではなかったデビュー期

継続は力なり。今、Plastic Treeを思うに、浮かんでくるのはこの言葉だ。1993年結成、1997年メジャーデビュー。同時期にデビューしたバンドの多くがすでに解散し、シーンからフェードアウトしている人も少なくない中で、20年以上に渡って活動を続けていること自体、称えられていい。しかも、彼らの場合、ここまでの道程がかなり興味深い。9thアルバム『ウツセミ』(2008年)、27thシングル「梟」(2009年)はチャートベスト10入りを果たしており、2007年以降に発売したシングルはコンスタントに最高位20位以上をキープ。日本武道館公演も数度行なっている上、2006年には海外でのツアーも実現と、今や売上、動員も高いレベルで安定している彼らだが、決してデビュー時から順風満帆というわけではなかった。デビューシングル「割れた窓」、1stアルバム『Hide and Seek』はともにチャートインせず、2ndアルバム『Puppet Show』は50位にランクインしたものの、2ndシングル、3rdシングルは依然チャート外。彼らは今も所謂ビジュアル系バンドと紹介されることが多いが、Plastic Treeがメジャーデビューしたのはそのビジュアル系の黄金期と言われた頃であり、デビュー作をいきなりチャート上位に叩き込むバンドもいたくらいなので、デビュー時の彼らへのリアクションはかなり低調であったと言わざるを得ない。

その後、作品毎に反応は良くなっていき、3rdアルバム『Parade』は19位と一定の成績を残すが、それにしても、ここまで誰もが知るヒット曲や、特別に大きなブレイクポイントがないまま、確実にそのポジションを上げて現在に至っている。こうしたしぶとい動きはあまり前例のないことではあろうし、少なくとも所謂ビジュアル系シーンでは他に見当たらないのではなかろうか。それは、それだけ彼らには地力が備わっていた証明でもあるが──。

■ビジュアル系では括れないサウンド

そう述べておきながら何だが、Plastic Treeはビジュアル系で括られたからこそ、初期のリアクションが低調だったのではないか──1stアルバム『Hide and Seek』を聴いて、そんな気もしてきた。ここに収められた音は、彼らと同時期にデビューしたバンドの音とは大分違う。そりゃあ、メジャーデビューするようなバンドにはしっかりとした個性があるので、それぞれ音が違うのは当たり前だが、もっとはっきり言ってしまえば、Plastic Treeの音は(少なくとも当時の)ビジュアル系のそれではないのである。サイケデリック、ニューウェイブ辺りは他にもやっていたバンドはいただろうが、『Hide and Seek』で聴くことのできるシューゲイザーやマッドチェスターは明らかに他とは異なるし、ビジュアル系以外にフィールドを広げても、当時こんなことをメジャーでやっているバンドはほとんどいなかったと思われる。

先ほども言った通り、時代はビジュアル系の黄金期であった90年代後半。デビューシングル曲でもあるM3「割れた窓」でのサビのリフレインは手扇子が合いそうな気もするし、ややゴシックに見えなくもない初期のルックスからしても、レコード会社が彼らをビジュアル系として売り出したことは分からなくもない。しかし、同時に、ルックスや「割れた窓」から入って『Hide and Seek』を手にしたリスナーの中には、轟音ギターや変拍子に戸惑った人がいたかもしれないとも思う。今はそうでもなくなったが、その昔はビジュアル系に限らず、ジャンルで食わず嫌いするリスナーが多くいた。音楽情報を入手する手段のほとんどであった音専誌も大体ジャンル分けしていたので、それもやむなしだったのだろうが、それゆえにPlastic treeの音楽は届くべきところへ届くまでに時間がかかった印象もある。

まぁ、そうは言っても、90年代前半、Paint in Watercolourやdip、COALTAR OF THE DEEPERSといった日本でのシューゲイザーの先駆者たちはみんな評価こそ高かったが、セールス的に成功したとは言い難かったので、レコード会社も“Plastic tree=シューゲイザーバンド”とアピールするわけにもいかなかったのだろう。要するに、これはこれで仕方がなかったのだろうし、チープな言い方になるが、彼らが浮上するには時代を待たなければならなかったということだろう。何か堂々巡りの文章になってしまったが、デビュー時のPlastic Treeの微妙な立ち位置が分かってもらえれば、と思う。

■シューゲイザー、サイケデリックが全開

Plastic Treeのデビュー作『Hide and Seek』は簡単に説明すれば、前述の通り、シューゲイザー、マッドチェスター、サイケデリック、ニューウェイブといったサウンドが聴けるアルバムである。いきなり、M1「痛い青」からMy Bloody Valentineばりのギターサウンドが飛び出す。若干不協気味で歪みも強い。ナカヤマアキラ(Gu)の弾くギターはかなり轟音で狂暴だ。リズムはミディアムで変拍子もあり。こちらもかなり重く、鋭い。長谷川正(Ba)のベースは比較的淡々としているが、しっかりと持ち場を堅持することで楽曲全体に絶妙なグルーブを生んでいる。続く、M2「エーテルノート」はアップチューン。M1「痛い青」がマイブラなら、こちらはThe Cureだろうか。基本はポップで軽快、ダンサブルなR&Rなのだが、狂暴なギターとドラムスは健在で、シンプルに留まらないPlastic Tree流のR&Rに仕上がっている。この楽曲ではベースも結構動くので、間奏やサビでの密集感はかなりのもの。ヘッドフォンでボリュームを上げて聴いていると、何だか頭がクラクラしてくるほどだ。

頭がクラクラと言えば、キレのあるロックチューンM3「割れた窓」を挟んだ、M4「クローゼットチャイルド」もかなりの頭クラクラものである。イントロの歪みまくったベースからハードロック的なザックリとしたギターのストローク。グラムロックに通じる匂いのする、こちらもダンサブルなナンバーであり、シューゲイザー特有の特殊なリバーブをかけたギターが右に左に動き、アウトロ近くではリズムも左右に動くので、疑似的な眩暈感がある。三半規管が弱い人には危険ではないかと思うほどで、文字通り、アシッドなナンバーである。この辺が意識的なのは間違いなく、サイケデリックロックの要素は、M5「スノーフラワー」、M6「Hide and Seek#1」、M11「Hide and Seek#2」でも確認できる。M8「まひるの月」やM9「水葬」でのポストパンクというか、ニューウェイブ調のギター、M10「ねじまきノイローゼ」でのパンキッシュなドラミングに若干ビジュアル系特有の匂いを感じなくもないが、それとて、しっかり聴けばそう単純なものでないことはよく分かる。M9「水葬」の間奏、アウトロではやはりこれでもかとばかりに暴れているギターが幾重にも重なっていく様子、また、M10「ねじまきノイローゼ」での途中リズムを変化させることによって楽曲全体にさらなる緊張感を加えるアンサンブルには、このバンドの特異さを十分に見て取れる。

■実は汎用性の高いメロディライン

ざっとPlastic Treeのサウンドを振り返ってみたが、彼らの特徴はもうひとつある。有村竜太朗(Vo)の歌だ。ウィスパーヴォイスでこそないが、圧しは強くなく、独特の浮遊感を持つ歌声。彼のヴォーカリゼーションがあるからこそ、このバンドのシューゲイザーが完成していると言っていい。派手なギターとのコントラストがはっきりとしており、メロディーラインが際立っている印象。特にM2「エーテルノート」、M7「トランスオレンジ」は実にポップで、このバンドの懐の深さをうかがわせるところである。この辺はビジュアル系というよりは渋谷系に近いと思う。まぁ、ともに音楽的な傾向が定まっていないジャンルなので、これは完全に私見であり、イメージでしかないのだが、フリッパーズ・ギターのふたり、小山田圭吾や小沢健二、ピチカート・ファイヴの野宮真貴辺りが歌っていても違和感のないメロディーラインではなかろうか。

《ゆるやかなカーブ描き フィルムの一コマになる/そこに立ちつくして待っている僕が/カメラのレンズ覗いた 見飽きて閉じてしまった/瞼の裏側/走るパルス。》(M2「エーテルノート」)。
《「さよなら。」/ビルの上で 僕は/やぶいた写真を ばらまいて/おどけたままで 手をふりながら/オレンジ色のなか つぶやいた》(M7「トランスオレンジ」)。

その証拠に…と言うべきか、上記の歌詞もどこか渋谷系に通じる匂いがする。フリッパーズ・ギターには以下のような歌詞がある。

《真夜中のマシンガンで君のハートも撃ち抜けるさ/走る僕ら回るカメラもっと素直に僕が喋れるなら》(フリッパーズ・ギター「恋とマシンガン」)。
《カメラの中の3秒間だけ僕らは/突然恋をする そして全てわかるはずさ》(フリッパーズ・ギター「カメラ!カメラ!カメラ!」)。

まぁ、“カメラ”が共通項というだけでそれぞれの世界観は大分異なるので、戯れがすぎたのは間違いないが、そんなことを考えさせるくらい、Plastic Treeは早い段階から確かなポテンシャルを有し、ひとつの枠に収まらないバンドであったことを理解してもらえれば幸いである。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Hide and Seek』

1997年発表作品



<収録曲>
1. 痛い青
2. エーテルノート
3. 割れた窓
4. クローゼットチャイルド
5. スノーフラワー
6. Hide and Seek#1
7. トランスオレンジ
8. まひるの月
9. 水葬
10. ねじまきノイローゼ
11. Hide and Seek#2



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元記事
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