2018-05-18

ZI:KILL、Gargoyle、UNITED、かまいたちらがレーベルの枠を超えて結集した『EMERGENCY EXPRESS』

今回はオムニバスアルバムの傑作『EMERGENCY EXPRESS』を紹介する。本文で本作を取り上げた理由など大分長く語っているのでここではあまり多くを説明しないが、その後のシーンに決定的な影響を与えたといっていい作品集。邦楽シーンの金字塔的なアルバムと言っていい。

■ストリーミングが主流となった音楽市場

先日、2017年の世界の音楽市場において初めてストリーミング配信の収益がCDを超えたというニュースを見た。CDやレコードなどのフィジカルが前年より5%程度の減少で全体シェアの約30%である一方、ストリーミングは約38%。ダウンロードが減少したものの、SpotifyやApple Musicなどのストリーミングサービスが急伸したことで、デジタル配信全体のシェアも史上初めて50%を超えたという。世界の音楽ビジネスは完全にデジタル配信時代に移行したと言えるが、さらに興味深かったのは、日本の国内市場は米国に次いで世界2位の規模であるものの、依然その4分の3はCDやフィジカルだということ。(ニュースではそう断定していなかったが)日本ではストリーミング配信が伸びる余地がまだまだあるというわけだが、それに伴って音楽のチョイスの仕方=聴かれ方も変わってくるだろうという予測も十分に成り立つ。

ネットで書籍を購入することが多くなり、書店で思いもよらなかった本と出会う機会がなくなった…なんて話を聞いたことはないだろうか。ネットはピンポイントでお目当ての品を探せる利便性に優れているが、書店で何気なく棚を見ていてそれまでまったく興味がなかったジャンルの書籍に惹かれるような偶発性には乏しいという話である。ネット通販は“この商品を買った人はこんな商品も買っています”とか、他の売れ筋や近似商品をお薦めしてくるので、購入商品以外にまったく目が行かないこともないが、書籍にしろ、音楽にしろ、所謂“ジャケ買い”は確実に減ったと思われる。

また、音楽の場合、楽曲単位でダウンロード購入できることになったので、もしかするとアルバム単位で音楽を聴く習慣がないという若いリスナーがいるのかもしれない。定額制のストリーミングサービスが主流になるとそれがどう変化するのか。単にダウンロードの低価格版という認識のままか。聴き放題なので自分の好みではない音楽にも手を出したり、アルバム単位で聴くリスナーが増えるのか。自分が意図しない音楽を聴かざるを得ないなんてこともざらにあった世代としては後者であってほしいところだ。

■オムニバス盤ならではの出会い

“「自分が意図しない音楽を聴かざるを得ない」ってどういう状況だよ!?”と訝しがる方がいらっしゃるかもしれないが、オムニバスアルバムがそうであった。今は“コンピレーションアルバム”と呼ぶほうが多いだろうか。改めて説明すると、選者が何らかのテーマに基づいてそれまでひとつの盤に収まっていなかった楽曲をチョイスした作品集のことである。そのオムニバスでは、例えば以下のようなことがあった。

気になるアーティストの未入手音源が収録されていると聞いてその盤を購入。10曲中お目当てのバンドが2曲収録されていたとして、残り8曲はそれまで聴いたことがない楽曲であるのはもちろんのこと、そのアーティストの存在すらよく知らず、同封されたライナーノーツで初めてプロフィールを拝見するなんてこともあった。そんな意図してない曲は意図してないだけに気に入ることもあればそうでもないこともあったが、“やっぱりアレ、良かったな”なんてのちに評価が改まるようなこともあって、今になってみると、そんな音楽とも出会いも決して悪いものではなかったと思ったりもする。今もある“懐かしの青春ソング”みたいな、ヒット曲を集めたコンピレーションは昔もあったが、個人的な感触としてはそうしたヒット曲集ではないほうが面白い出会いはあったように思う。

■V系シーンの盛り上がりを後押し

前置きが長くなって申し訳ない。本コラムではこれまでもいくつかオムニバスアルバムの名盤を紹介してきたが、今回、取り上げる『EMERGENCY EXPRESS』は1990年代前半のバンドブーム、とりわけX(現:X JAPAN)の登場に端を発したビジュアル系ムーブメントの盛り上がりを強力に後押しした作品であり、その後、シリーズ化されただけに、歴史の転換点となったと言っても過言ではないマテリアルである。以下、収録曲順にその楽曲とバンドを説明していこう。

1.「憂鬱」/ZI:KILL
 この2年後にメジャーデビューを果たすZI:KILLがトップバッター。テンションノートのアコギから始まり、ギターの存在感が前面に出たナンバーである。本質的にはベースラインが楽曲全体を引っ張るポップなR&Rではあるが、ギターの音色はポジティブパンク風で、ポストパンク=ニューウェイブな匂い。ヴォーカリゼーションはデヴィッド・シルヴィアン調で、JAPANというバンドがいかにこのシーンに影響を与えたのかも垣間見える。

2.「ア・ナイト・イン・レッド」/NUDY JANE
ルーズなギターリフでThe Rolling StonesっぽいR&Rであるものの、歌い方は何者らしくもなく、とらわれることのない独自のパフォーマンスを聴くことができる。間奏のギターソロはブルージーでカッコ良い。バンド自体の情報をほとんど入手できなかったが、Dee Dee Stephanie(Vo)とRANDY(Ba)は当時の関西R&RシーンでJusty-Nasyと人気を二分していたHARLEM DEADSに在籍していた。

3.「ステディ・ドッグ」/BAD MESSIAH
SAのTAISEI、Ken BandのJUN-GRAYが在籍していたバンド。1990年のメジャーデビュー以降はそのサウンドはサイケ方向へ行った(と聞いていた)が、この楽曲はストレートなR&R。疾走感のあるリフもので、強いて言えばハードロックに近い。セクシーな印象のサビメロやしっかりとしたアンサンブルが聴きどころ。

4.「ブラック・チャペル」/DAMZELL
イントロでのハイトーンのシャウト、間奏の速弾き+ツーバスが何ともジャパメタらしい。歌の抑揚がやや乏しい印象だが、Bメロでシンセ(だよね、たぶん?)っぽい音が入ったり、バッキングはメロディアス。DAMZELLは、当時ヘヴィロック不毛の地と言われていた福岡で1986年に結成されたバンド。1980年代後半にANTHEMのツアーに同行してオープニングアクトを務め、メタルファンにその名を知らしめた。

5.「クレイジー・サディズム」/Gargoyle
 冒頭の語り~ストリングス入りのイントロは、当時のHR/HM界隈では相当斬新であっただろう。スラッシュメタルに和の要素を取り込んだサウンドはもとより、とりわけ間奏で聴かせる流麗なギターソロやアウトロのマーチングビートにメンバーの力量が見て取れる。ライヴでの代表曲であり、のちにレア曲を集めたミニアルバム『回顧録』(1992年)に収録され、『G-manual III』(2007年)で再レコーディングされた。

6.「サック・ユア・ボーン」/UNITED
速いブラストビートをベースにしたHR=まさにスラッシュメタル。単にスパート感だけでなく、Bメロでアラビア音階的なギターが聴けるなど、ちゃんとキャッチーなパートもある。このタイプのバンドにしては、案外演奏は丁寧な印象。音圧が低いところが残念な感じだが、世界的に活躍するバンドが1stアルバム(1990年)前に全国流通させた音源として、これもまた貴重なものに違いない。

7.「キングス・エイヴィル」/CROWLEY
 名古屋をベースに活動していたバンド。“サタニックメタル”や“ブラックメタル”を標榜していたというだけあって、この楽曲もおどろおどろしい印象がある。その一方、メロディーはキャッチーで、ギターソロの美しさにも注目したいところ。速さや様式美にとらわれない演奏で、そのレベルは高い。バンドは1987年に解散したが、なんと30年後の2017年9月にニューアルバムを発表して復活を果たしている。

8.「呪縛~人形嫌い」/BELLZLLEB
 ギターサウンドは確かに“ブラックメタル”のそれで、BELLZLLEBは今もメタルに分類されることが多いようだが、この音源では歌が入るとALIEN SEX FIEND辺りのポジパンに匂いがする上に、冒頭では中東風な音使いをしているなど、メタルに止まらないバンドの意欲を感じる。のちのビジュアル系シーンに影響を与えたと思われる。1992年に解散。その解散ライヴのオープニングアクトを黒夢が務めた。

9.「ハート・ブレイク」/ELIZA
 札幌出身の5人組のメタルバンド。今も“北海道メタルの重鎮”と呼ぶ向きもある。結成は83年だが、当時のHR/HMの習わし(?)よろしく、幾度もメンバーチェンジを繰り返し、この時は第7期以降のようである。正直言って録音状態はあまり良くないが、伸び伸びとしたギターリフなどからは生真面目な演奏が伝わってくる。Mötley Crüeを彷彿させる躍動感とキレ、キャッチーさがいい。

10.「キル・ユアセルフ」/かまいたち
2015年の復活後、昨年、再び解散したことも記憶に新しい元祖ビジュアル系バンドのひとつ。メジャー期にはパンキッシュなイメージもあったが、この楽曲はメタル寄り。間奏のギターソロは特にそれっぽい印象だ。演奏は粗いが、そこも自称“はちゃめちゃ狂”ならではのこと。そのDIY精神を称えたい。サビの半分はピー音で歌詞がほぼ聴き取れないが、それだけ世に出すことを憚られる内容ということで理解すべし。

11.「テイク・ミー・アウェイ」/MAZERAN
1988年頃Ladies Roomに2代目ギタリストとして参加しており、のちにFix、FAMEといったバンドの他、清春のプロデュースでCAVEなるユニットを結成するShojiが在籍していた。この収録曲は正統派なHR/HMであり、ギターもリズム隊も躍動感の中にずっしりとした落ち着きがある。ヴォーカリストもネイティブに近い発音なので歌もすんなりと耳に入ってくる。

■1980年代後半のシーンを浮き彫りに

おそらく作品集としての意図はインディーズのメタル系バンドを集めたといったところだったのだろうが、ポジパンからR&R、メタルはメタルでもブラックメタルがあるなど、バラエティーに富んでいるのが面白い。関東、関西、中部、北海道、九州と地域を分けているのは意図的だったのかどうか分からないが、今となっては1980年代後半の国内ライヴハウスシーンの勢力図のようなものが感じられるのも興味深いところだ。歴史的な資料としても一線級ではないかと思う。

現在SAで精力的に活動を展開しているTAISEIの前バンド時代の音源──それもインディーズ時代の音源は貴重だし、世界的にもその名を知られるユナイテッドの初期音源としても貴重であろう。最も注目なのは、ZI:KILL、BELLZLLEBとかまいたち、さらにGargoyleが轡を並べていることだ。まぁ、バンド自身に揃い踏みへの意識はあったとは思わないが、それぞれに多くのビジュアル系バンドを有し、その後、“東のエクスタシー、西のフリーウィル”と言われたレーベルと、その両巨頭を追随して独自のカラーを打ち出したafterZEROに籍を置くバンドが顔を合わせているのは何とも豪華だ。X(現:X JAPAN)、COLORがともにメジャーデビューを果たしたと同じ時期にその後に続くバンドたちの音源がズラリと並べられることで、リアルタイムで聴いたリスナーはそれぞれの可能性を感じ取ることができたに違いない。全国各地で音楽との良き出会いはあったのだろう。その反応が(いろんな意味での反応が)ビジュアル系ブームに拍車をかけていったと思われる。

TEXT:帆苅智之

アルバム『EMERGENCY EXPRESS』

1996年発表作品



<収録曲>
1.「憂鬱」/ZI:KILL
2.「ア・ナイト・イン・レッド」/NUDY JANE
3.「ステディ・ドッグ」/BAD MESSIAH
4.「ブラック・チャペル」/DAMZELL
5.「クレイジー・サディズム」/Gargoyle
6.「サック・ユア・ボーン」/UNITED
7.「キングス・エイヴィル」/CROWLEY
8.「呪縛~人形嫌い」/BELLZLLEB
9.「ハート・ブレイク」/ELIZA
10.「キル・ユアセルフ」/かまいたち
11.「テイク・ミー・アウェイ」/MAZERAN



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